音楽鑑賞とスポーツ観戦

最近思うのは、音楽鑑賞とスポーツ観戦がとても似ているということ。

サッカーの試合を見ていて思うのは、Jリーグの試合よりもヨーロッパのクラブチーム同士の試合の方が面白いということ。外国の場合は知っている選手が誰もいない場合が多いが、それでも面白い。もちろん、Jリーグでも贔屓のチームが優勝争いをしたりする大事な試合の場合はエキサイトしがちだが、Jリーグであまりよく知らないチーム同士の場合とヨーロッパのチーム同士の試合で比べると分かりやすい。

その差は何だろうと考えると、一番は創造性や独創性だと思う。プレーのテクニックもあるだろうが、私はサッカー経験者でもないしあまり技術的なことは分からない。
しかし分かるのは、チームとしての戦術的なフォーメーションや連携だ。

Jリーグの場合は、パスを出す前に誰にパスをしようとしているのか、見ていて分かる。
ところが外国の試合で面白いのは、「どこに蹴ってるんだ、アホ!」と言った瞬間、テレビ画面のとんでもない方向から飛び出して来る選手がいたりしてビックリすることが多い。
多分、無意識のうちに、1〜2通りのプレーを予測して見ているのだろう。ところがその予想とあまりにも違うプレーをされるとビックリしてしまう。そして、例えそれが失敗に終わっても「すげぇー」と思う。

バスケやラグビーだと、私の場合、細かなルールすら分からないし、ただボールを追うだけだから、NBAでも日本のチームでも中学生の大会でも、「うまいなぁ」と思うくらいで、ビックリすることはまずない。それは私が予測して試合を見ていないからだ。
最近、バスケはだいぶ分かるようになって来て、ボールを持っていない人の動きが見えるようになって来て楽しさが少し分かって来た。

音楽も同じだ。まずイントロを聴いて、その後の曲の展開を予想する。アコースティック・ギターのみでアルペジオでも始めたら、フォーク調の曲か悲し気な曲だろう、とか、ヘヴィなリフで始まったら激しいロックだろう等と思う。
それが突然ガラッと変わるとビックリする。「そう来たか〜」などと思いながら次を予測する。
たんに曲調がコロコロ変われば良いというものでもない(基本的には曲調が変わるものが好きだが)。唐突に前後が何の関係もないような変わり方だと「何だこりゃ」と思ってしまう。変わるべき必然性がなければならない。

私は楽器が好きだが、楽器でも同じことだ。ギターは通常22フレット前後で、1弦で約2オクターブ出せる。ところが、特注のギターで27フレットとか30フレットもあるものがあるのだが、そういうギターでソロを弾いて、「タラララララ」と上昇するフレーズで最後に伸ばす音でしめるというパターンはよくあるが、そこまでは予測しやすい。「うん、まあね」と思いながら聴いているわけだ。ところがその後、普通のギターでは出せないような高音が出て来ると、とんでもなくビックリしてしまう。突然、異次元の世界に迷い込んでしまった気分だ。

音楽は音だけでなく、必ず時間の経過が必要だ。スポーツも瞬間だけでなく、必ず時間の経過が必要だ。射撃や弓のように一瞬の競技であっても、何度も繰り返す間に様々な心の動きや駆け引きがある。時間の経過を伴うものは予測して見た方が面白い。そして一流の人になればなるほど、予想を裏切って、それ以上のものを見せてくれる。そして客は拍手を送るというわけだ。


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