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明治の中ごろ、鴨川の東条松原の永明寺に禅師がおりました。(現在の本堂はこの和尚が造ったそうです) この小僧、みだしなみが良く、黒の兵児帯に、四つにたたんだ手拭をいつも腰にはさんでいるのが人目につきました。 ある時、この寺に来客がありました。 「これは鼻をかんだり便所で使ったりするものだよ」 と教えておきました。 そのうちに有が厠へ入る時が来ました。 有が出て来て、いよいよ客人に有のきれい好きの所を見せられると思っていました。 客が帰ってから、和尚さんは有を呼び、どうして厠から出て、手も洗わずに去ったのか聞きました。 「和尚様が紙を下さったので手を洗わずに済みました」 と答えるではありませんか。 「この馬鹿者、人間は悟を開いて始末しろ」 と一言いましたが、有は 「悟を開いて始末しろって、どんなことですか」 と尋ねました。 「始末とは、例えば鼻をかんだ紙を大切にしておいて、便所で使うような事だ」 と答えました。有は 「始末ってそういう事か」 と尻を拭いた紙で、鼻をかむとは臭いものだ、と感心しました。 |