オシドリの伝説


むかし昔のそのもっと昔。今から1000年も前の頃、八千代市の東側一帯は、印旛沼から続く広い沼地でした。

ある時、一人の侍が流れ流れてこの地へ辿り着き、沼のほとりに住みつきました。
侍は弓を持ち、沼へ出て、鳥を捕まえては食べて暮らしていました。
ある夜、侍はとってきたオシドリを「明日になったら料理して食べよう。」と土間に吊るし、お酒を飲みゴロッと眠ってしまいました。

すると、夢にとても美しい人が現われ、

「なぜ、私の夫を殺したのですか」

と、侍の枕元で、オイオイと泣きました。
侍はハッと目覚め、あたりを見回しましたが、誰もいません。
おかしいと思いつつも誰もいないので、また眠りました。

翌朝目覚めると、吊るしておいたオシドリが土間に落ちていて、とった覚えのないメスのオシドリとクチバシを合せて、一緒に死んでいるではありませんか。
侍は、「昨日の夢に出てきた美しい人はオシドリの妻だったのか。ああ、悪いことをした。もう生き物を殺すのは、やめにしよう。」と決めて、お寺に入りお坊さんになったそうです。


片葉の弁天さま

むかし昔、阿蘇村の村上には、お城があったそうです。
このあたりは、今でこそ電車が通り人々で賑わっていますが、昭和の前半頃までは草深い田舎でした。
夕方になると、遠くから

ケンケーン、バタバタ・・・
ケンケーン、バタバタ・・・

と、よく雉子が鳴いたものです。
冬の朝などには、釜屋のへっつい(かまど)の中に狸が寝ており、飯炊きに行くと眠そうな目で逃げていくこともよくありました。

ところで、お城の殿様はとても狩りが好きで、いつも犬をつれては山の中を歩き回っていました。
それに腕前も良かったから、うさぎ、山鳥、狐、鹿だのをよく弓矢で射止めました。

ある日のこと。
その日にかぎって、どうしたかとか一つも獲物が捕れず、気持ちがムシャクシャしていました。
林を出て沼辺にやって来ると、おしどりが二羽で仲良く水面を泳ぎ回っていました。
いつもなら、こんな水鳥には目もくれないのですが、その日は違いました。
弓に矢をつがえると、ヒョーッと放ちました。
その矢は見事に、雄のおしどりの首を貫きました。

その夜、お殿様が眠っていると枕元で人の気配がしました。
目を開けると戸のすきまから漏れてくる月の薄明かりに、色の白いほっそりした女が座っていました。

「私の亭主を返してくだされ、殺生はおやめくだされ」

と、泣きながら言います。
お殿様は、ガバッととび起きて刀を取りましたが、その瞬間、女の姿は消えてしまいました。
ただ、女の座っていた所がぬれていて、おしどりの羽が一枚落ちていました。

薄気味悪くなったお殿様は、朝になると昨日の池に行って、もう一羽の雌のおしどりも一矢で射ってしまいました。
そして引き上げてみると、その雌のおしどりは雄の首をギュッと胸に抱いていたそうです。
これには、さすがのお殿様もすっかり心を打たれて、今まで殺生してきたことをすまなく思い深く反省しました。

やがてこの池に生えていた葭の葉が、片方にしか生えないようになってしまいました。
とうとうお殿様は、あんなに好きだった狩をプッツリやめて、頭をまるめてお経をあげる毎日に変わってしまいました。
この話を聞いた村人たちは、おしどり夫婦をとても哀れに思い、沼のほとりに弁天様を祀りました。
それが誰いうともなく「片葉の弁天」と呼ばれるようになったのだそうです。

 「オシドリの伝説」は比較的有名な話しですが、ここに2種類の話しを紹介しました。オシドリに関する部分はほぼ同じですが、オシドリを射る側は大きく違います。前者は1000年以上も前のこととなっていますから、平安時代以前ということになります。これは「片葉の弁天さま」に出て来るような城も殿様も存在しない時代です。本当にそんな古い話しなのかどうかは別として、内容からも「片葉の弁天さま」の方が後の時代に出来たものの雰囲気がありますがどうでしょう?弁天さま自体も「オシドリの伝説」の話しと後で結びついたものか、本当に関連があるのか、確かなことはわかりません。 (千葉情報館/Minstrel)


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