伝えたお姫様


和田浦の子の神様の近くに黄色い花を咲かせる木が1本だけ生えています。
これにまつわるこんな話があります。

それはむかし昔、鎌倉時代のことだそうです。

いつものことですが、この年も大嵐がこの付近を襲い、一晩中吹き荒れました。
翌朝、村人が諏訪神社の下の木花台の浜に行ってみると、小さな舟が打ち上げられていました。

「ああ、どこかの浜から流されて来たに違いねぇ」

と思いながら舟の中をのぞくと、今までに見かけたこともないような綺麗なお姫様がぐったりとして眠っていました。

「不思議なこともあるもんだ。こんなかわいいお姫様が、
 ただの1人でこんな小せえ舟に乗って流されて来たってことは、
 おらには考えられねぇことだ」

村人みんなを呼び集めましたが、誰にもその訳は分かりませんでした。

「もう、虫の息だが、何とか助けてやりてぇもんだ」

薬を飲ませて一生懸命手当てをしましたが、とうとう亡くなってしまいました。
村人たちは亡骸をていねいに弔い、小さな墓を立てました。

このお姫様は黄色い花をつけた小枝を手にしていたので、その枝を墓にさしておきました。
やがてこの花がそのまま根付き、毎年夏になるとゲバチに似た花をつけるようになりました。

それから何年か経ったある年のこと、この浜に旅の坊さんがやって来ました。
そしてお姫様の話を聞くと、こう言いました。

「そのお姫様は花園の帝の娘だが、悪い病いにかかったので、小舟で流されたのだ」

これを聞いた村人たちはその墓に祠を立てて供養をしました。
そして土地の名も「花園」と変えて、哀れなお姫様を偲んびました。


このあたりは冬でも暖かい土地なので、間宮七郎平が大正年間に花の栽培を手がけて、苦労の末に花どころにしました。
今では山裾までも花畑が広がっています。


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