房総の歴史 平成の千葉
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政令指定都市
 千葉市は平成4年(1992年)、政令指定都市となりました。大正10年(1921年)に千葉町が市制を施行した後、隣接町村を次々に編入し市域を拡大してきました。昭和12年に検見川町、蘇我町、都賀町、都村を、19年に千城村を、29年に犢橋村、幕張町を、30年に生浜町、椎名村、誉田村を、38年に泉町を、44年に土気町をそれぞれ編入しています。
 昭和25年に誘致された川崎製鉄千葉製鉄所をはじめ、次々に進出して来た東京電力火力発電所などの大工場が煙突を林立させ、急速に発展していきます。千葉港も工業都市の伸展とともに整備が進み、横浜、神戸、東京と並び、日本有数の国際貿易港となっています。

東京湾アクアライン
 平成9年(1997年)12月18日、木更津と川崎を結ぶ東京湾横断道路が「東京湾アクアライン」という名称で開通しました。湾岸道路と一体となり、首都圏の渋滞の緩和だけでなく、首都圏と直接つながることで新しい市場開拓から産業の活性化が期待されています。袋小路であった南房総の性格が一大リゾート地として注目されるようにもなりました。これも昭和58年の千葉新産業三角構想の一貫でした。

さわやかハート千葉
 千葉県の長期ビジョンの一期目の計画として「ふるさと千葉五か年計画」をまとめて平成3年度から「さわやかハート千葉五か年計画」がスタートしました。
 温暖な気候、美しい山や緑、輝く海を持ち、農工業のバランスのとれた産業の育成を目指し、成田空港や千葉港、幕張メッセを中心に県政の面から計画的に強化していこうとするのが「さわやかハート千葉五か年計画」の狙いです。

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