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特殊な神話・日本神話

論点
 『日本書紀』の神話の部分には「一書に曰く、」という形でたくさんの異説が紹介されている。これは大変貴重な情報で、『日本書紀』が当時知られていた事実を出来るだけそのまま残そうとした努力の表われだと考えられる。この姿勢は高く評価すべきであろう。また『日本書紀』編纂の時点で、すでに神話にはいくつもの説があり、そのどれが正しく、どれが間違っているのか不明だったということもわかる。
 高く評価すべき点であるが、だからと言って『日本書紀』にある神話をそのまま本来の神話であるかのように理解するのは尚早であり、またここから史実を読み取ろうとするのも、面白いアプローチではあるが危険が伴う。
 なぜ、そのまま本来の神話として理解してはいけないのか。これがここでの論点である。

『日本書紀』と『古事記』の違い
 『日本書紀』『古事記』の違いについて、国名の「日本」と「倭」の表記の違いを「日本書紀を読む」のコーナーで紹介した。
 今度は別の違いを紹介する。「『古事記』の方が物語性が強い」等はよく聞くが、そういうことよりも、その前にタイトルの「記」と「紀」に違いがある。「記」と「紀」では意味が違うのだ。
 『古事記』は「フルコトブミ」とも呼ばれ、昔のことを記した書ということだが、「紀」という字を使った『日本書紀』は少々違う。中国では「書」は記伝体の歴史で、「紀」は編年体を示すという。編年体とは年代順に記述する形式を言う。『後漢書』は記伝体、『後漢紀』は編年体である。『漢紀』や『後漢紀』が30巻であることと、『日本書紀』が30巻であることも無関係ではないかもしれない。
 編年体、つまり「何年に何があった」ということだが、これは少々おかしな話しである。そこまで厳密な年や月がわかっていながら、100歳を超える天皇が何人も登場したり、中国の記録との整合性がなかったりするのは不自然だ。神武天皇などは、紀元前ずっと前の人物で、縄文時代に入ろうかという頃でありながら、現代人よりもずっと長寿だったことになってしまう。
 『日本書紀』編者の作為であるかないかは別として、少なくともこれを史実と言うのは困難であろう。(その目的や犯人探しはひとまず置いておいて)これは神話や歴史に人為的操作が加えられていることの証拠となる。「日本書紀を読む」のコーナーでは編纂当時の系譜の影響があることを指摘したが、これも含め、神話や古い歴史に操作が加えられていることは明白である。ここがこの論点の最大のポイントなのだ。

日本神話というもの
 「日本神話」と言えば、『古事記』『日本書紀』の前半部分を指すことがほとんどである。どちらも大筋では同じで、天の神様が日本列島を作り、国を治めるために降りて来て、だんだんと国土を平定していく壮大な話しである。
 ここがおかしい。ずっとひと続きになった壮大な神話は、本来の神話の形態とは違う。本来の神話とは、きわめて素朴で、民族的な観念や信仰、慣習から自然発生、成長し、社会的機能を発揮するものであり、個々の神話はそれだけで単体として成立する。時代も特定出来ず、前後関係もわからないのが一般的であろう。
 これに対し、日本神話のような体系神話というものは、もとの神話が高次的に発展するか、或いは、それと結び付いた上層知識集団の神話との接触により変化させられたもの、つまり外部の力により原初形態を失い、より昇華された新しい形態となったものと考えられる。上層階層的思考により潤色・変容され、彼らの慣習の上での階層的機能を持たされることとなる。こうした神話が支配者の勢力拡大とともに各地に拡散、一つの神話圏を形成するようになっていく。従って、体系神話を扱う際には、基盤は確かに本来の神話の上にあるが、その内容は自然発生的なものと作為的なものとが混在しているということを認識する必要がある。「伝承」は文字に記されず、文字となった時点で神話や伝承は編集されたことになる。
 「日本神話と言えば、『古事記』『日本書紀』の前半部分を指すことがほとんどである。」これは言い方を変えれば、「日本神話とは、オリジナル神話を題材に『古事記』『日本書紀』の編者により編集、アレンジし直されたものである」ということになる。日本神話は記述神話、古典神話、体系神話というべきものに相当する。
 日本神話は、本来の遊離した民族的神話としての命をすでに失ってしまい、アレンジ後の体系だったものに変貌してしまっている。このため、神話と史実との境界すらわからず、古代史の謎が山のように残った。

神話へのアプローチ1
 以上、説明した「日本神話の特殊事情」に加え、「編纂当時の系譜の影響」それに「中国の存在」も意識した上で、編集し直された神話であるから、神話をそのまま扱うことが危険であることは納得して頂けたかと思う。
 本来の遊離した神話を編集したということによる一番の影響は、前後関係であろう。色々な神話を並べて話しを作っているので、例えば、国産み→スサノオ→国譲り→天孫降臨というような順番も全然違うものである可能性が考えられる。
 更に、ひと続きの話しにするために、本来、全く関係のない人物を同一人物にしたり、血縁関係にしたりしている可能性も高いと言える。例えば、スサノオには複数の人格があるように感じられるし、大国主にはたくさんの名前があり、各地の『風土記』も併せて考えると、全てが一人の人物とは思えない。
 神話を史実の反影と考えて、何とか謎の古代日本史を復元しようと試みようとするが、どうしても矛盾点が出て来てしまう。
 例えば、天孫降臨神話は朝鮮半島等にも同様のものが存在する。ということは、朝鮮半島にいた一族と同じ神話を持つ一族が日本列島にやって来たという可能性が高いと考えられる。ところが、実際に瓊々杵が降臨した場所は鹿児島だというのが一般的になっている。朝鮮半島から来て、鹿児島に到着するなど、どう考えても不自然だ。降臨に先立って行われた国譲りで出雲を獲得していながら、降臨したのが九州であることも不自然極まりない。
 これらについて、多くの研究者がそれぞれ自説にあった答えを出しているが、どうしてもコジツケがあったり強引な説明になってしまっている部分があり、万人を納得させるところまでには至っていない。
 私はこれらの原因を、神話をひと続きのものとして考えるためではないかと思っている。本来、まったく関係がないかもしれない神話をなんとか辻褄を合わせようとする作業は、『日本書紀』編者がやった神話のアレンジの補強作業なのではないか、という思いすらするのである。

神話へのアプローチ2
 本来の神話はバラバラなものだったということは間違いないと思うが、どこをどうバラバラにするのか。ただ闇雲にメッタ切りにすれば良いというのではない。現在では、完全にもとの状態に戻すのは不可能である。
 まずは、「神話は本来、各部族ごとに持つ素朴な話しであり、体系だっていないものである」ということを充分認識することが重要である。そして、それぞれバラバラに神話のルーツや主要氏族についての考察を充分に行う作業を優先させるべきではないだろうか。
 例えば、先の例の天孫降臨では、「孫」というのは編纂時の系譜の影響によるもの。降臨神話は朝鮮等にもあり、朝鮮半島からの渡来氏族の神話。瓊々杵の孫・神武が日向から大和に向かうが、朝鮮半島と日向が地理的にも離れていることから、両者の血縁的関係はない可能性が強いのではないかと考える。天孫降臨神話と神武東征神話の時間的、系譜的つながりに固執せず、まったく関係のない別の神話であるとするアプローチも取り入れるべきだと考える。
 このように日本神話は厄介な代物なので、とりあえずは動かぬ史実を並べ、そこをポイントに考えていくことが常套手段となろう。動かぬ史実とは、例えば邪馬台国である。3世紀前半に邪馬台国が日本列島のどこかに存在したことは動かぬ史実である。
 神話の高天原の様子は弥生時代の風景に酷似する。それなら邪馬台国の時代と近い。日本列島のどこにあったからわからないが「大きな勢力が存在したこと」「魏に朝貢したこと」「魏使は最低でも九州北部にやって来ていること」「邪馬台国に対抗できる勢力が存在したこと」等も動かぬ史実である。これらの史実が日本神話とどう関係があるのかを探っていく。
 神話では、神武東征の出発点が日向であることや出雲等、はっきりした地名も重要である。人物については非常に慎重にならざるを得ない。人物同士の血縁、関わりについては尚更である。
 こういう方法で少しずつ日本古代史を考えていきたいと思う。


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