血筋の系譜

今川義元


鎌倉時代からの名門家、明治になってから絶える

 1560年尾張・桶狭間において織田信長の奇襲にあい今川義元は戦死した。義元の子・氏真は亡父の弔い合戦をすることなく領国である駿河、遠江、三河を隣接する大名に奪われ、夫人の実家である北条氏に萬居する。これにより戦国大名としての今川氏は滅びる。
 この後、北条氏が武田氏と結ぶと家康を頼り、1575年上洛し、亡父の仇敵・信長に謁し、その面前で得意の蹴鞠を披露したことは有名。この頃剃髪し、公家衆と交わり歌道など文芸活動に明け暮れる日々を過ごし、1614年江戸に没した。
 氏真の遺跡は子・範以が亡くなっていたため孫・直房が継いだ。直房は幕府の奥高家に列し千石を知行したが、最後の当主・範叙が明治20年に没し、男子が早世していたため鎌倉時代以来の名門・今川氏の嫡家は絶えた。


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