県営軌道 大多喜線

 県営軌道大多喜線は、県が建設、運営した唯一の人車軌道である。大正元年(1912年)12月15日開業。トロッコに屋根を付け、客を乗せ、一人か二人の人夫が押して走った。
 陸軍鉄道連帯の所有する軽便鉄道で線路の幅は60.9cm。当初は蒸気機関車が走るプランであったが、財政難から最も安価な人車軌道に変更された。
 県道上にレールが敷かれ、駅は大原停車場-新田停留所-七曲待避所-山田停車場-新田野待避所-苅谷停車場-引田停留所-増田停留所-大多喜停車場と、計4つの停車場、3つの停留所、2つの待避所が設けられていた。停留所はいずれも2坪半の敷地しかなく、待避線と簡単な駅舎しかなかった。停車場は大原が16坪半、山田、苅谷は25坪、大多喜は40坪半の敷地があり、本線、待避線、荷扱いのための引込線もあった。大原停車場には修車庫と事務所が併設されていた。一日9往復。勾配のある所では応援の人車夫を配置するも、客が多く臨時人車を出した時などは、人員不足で苦労したようだ。当然ながらスピードは馬より遅く大原-大多喜間は約2時間半、歩いた方が早い場合もあった。また、動力兼運転士の人車夫が楽をしたいことから乗車拒否も多かった。
 大正10年3月、経営難から東京の佐々木保蔵と大原の長島金夫に売却された。

停車場等
大多喜 - 増田 - 引田 - 苅谷 - 新田野 - 山田 - 七曲 - 新田 - 大原

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