陸上自衛隊演習線

 昭和35年(1960年)2月17日、陸上自衛隊第101建設隊が東京の立川駐屯地で200人の隊員で編成された。これが自衛隊の鉄道部隊である。その後、立川から習志野に移転、津田沼の旧鉄道第二連隊の車庫に車両を搬入した。
 旧鉄道連隊の線路用地は国鉄に移譲されており106.7cm軌間のレールが敷かれたままになって放置されており、このうち津田沼から3.5kmは国鉄技術研究所との共用区間として使用されることとなった。また、大久保から先はすでに廃線となっていたが、三山を経て、高津までの区間を自ら建設した。単線だが、途中には三山駅、交換場所、側線もあった。終点に小さな小屋があり、高津駅という看板があった。位置は京成の実籾駅を過ぎた習志野市の境界付近だった。
 車両は国鉄のお古の機関車9677や有蓋貨車、無蓋貨車がそれぞれ1両ずつ、モーターカー、ジープ牽引車もあったようだ。昭和38年(1963年)冬の新潟での大雪、昭和39年6月の新潟大地震の鉄道復旧で出動した記録がある。
 昭和41年(1966年)4月1日に廃止。わずか6年余りの短命であった。第101建設隊も茨城県古河方面に移転した。廃止理由は予算不足であろう。廃止時の隊員は81人だった。
 廃止後レールだけはしばらく放置され、大久保を中心とした地元有志から習志野鉄道会社の構想が起きたが、京成電鉄側の反対で実現しなかった。線路跡地は売却され昭和51年(1976年)に習志野市のハミングロード整備事業により緑道として生まれ変わった。

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