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| 平成14年(2002年) 拓大紅陵 |
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拓大紅陵は80年代後半には全国トップクラスの実力校になっていて、特に86年、88年は優勝候補の筆頭でした。しかし思うような結果は残せず、92年に準優勝を飾った後、長く夏の甲子園から遠のいていました。96年には春の甲子園に出ましたが初戦敗退。「紅陵はもう終わった」という声すら聞こえていました。 前の年の秋、すでに戦力は充実していて甲子園も目指せると思いましたが、千葉大会準決勝で市立船橋の前にまさかのコールド負け。コールド負けは初めてだと思います。この時の市立船橋は強く、「市船には勝てない」というムードもありました。 春季大会。見事に優勝しますが、秋に強かった市立船橋や敬愛学園とは対戦しておらず、関東大会では初戦で埼玉栄に完敗したこともあり、春季大会優勝の割りには絶対的な評価にはなりませんでした。強豪と当たった時に打線が通用するのか、投手力や打線の格にも不安があり、守備も往年のような鉄壁とまではいっていないような印象でした。 夏の大会。組み合わせ抽選は最悪中の最悪。まるで仕組まれたかのような信じられない結果でした。前評判では市立船橋、敬愛学園、そして拓大紅陵が3強でしたが、同じブロックに入ってしまったため、東海大望洋や習志野も候補に浮上していました。 初戦は快勝しましたが、3回戦の若松高校に苦戦。対戦校は横綱相手だと思って、思いっきりぶつかって来ていて受ける方は大変です。 そして4回戦では早くも市立船橋との横綱対決です。この試合、紅陵はキャッチャーながら140キロを越える速球を投げる飯塚くんを先発させました。実質、紅陵の2枚看板の一人です。その飯塚くんが市船の左腕・金田投手から先制打を放つなど大活躍。見事、秋の雪辱を果たし、コールドのお返しが出来ました。 しかし甲子園の道は険しい。続く木更津中央戦は接戦となり苦しい試合。延長10回には連続長打を浴び2失点。「試合終了まで決して諦めない」と言い聞かせながらも、「負けてしまう。甲子園に行けない」と思うと涙が出て来ます。しかしその裏、紅陵は4番・片岡くんが同点2ラン 。沢山の紅色のメガホンが一斉に空へ舞い上がりました。もう全身鳥肌でした。 準々決勝は小枝監督の教え子・古橋監督率いる敬愛学園。関東ナンバー1左腕・浅間投手がいます。試合は相手のわずかな隙を突く紅陵らしい得点で何とか勝利。 決勝戦は、これまた千葉を代表する好投手・池田投手を擁する中央学院。ことごとく好投手と対戦してしまっています。緊迫の展開の中、飯塚くんが試合を決めるホームランを放ち、とうとう10年ぶりの甲子園を勝ち取りました。 強豪校ばかりと当たりながらも一つ一つ撃破していく様は、まるで映画のようなドラマチックで、本当に最高の優勝、勝ち上がり方でした。 甲子園での活躍も期待されましたが、私の夏は7月28日のマリンスタジアムで今も輝いています。 |
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