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粘って逆転・紅陵が進撃開始
4年連続でセンバツ出場を逃し続けた千葉勢。厚い関東の壁を乗り越えるべく、2003年(平成15年)秋は拓大紅陵がその壁に挑む。拓大紅陵は前年も関東に挑んだものの、好左腕・須永を擁する浦和学院にコールドで破れる屈辱を味わっているが、2年生主体だったその時のメンバーが多く残り期待を集めた。 関東大会初戦、好投手を擁する甲府一との試合は常に先手を取られ追いかける苦しい展開。持ち前の粘りで3度追いつき延長となるが12回に失点し「今年もダメか」の空気が漂い始める。しかし追い詰められてもまたもや粘りを発揮。連打で4度目の同点劇。更にレフトフライで一塁走者がタッチアップを決める拓大紅陵らしい隙のない走塁を見せると、すかさず右越打で劇的なサヨナラ勝利を収め、これまでの千葉勢とはひと味違う戦いぶりを見せた。
2回戦。この試合も常に追いかける苦しい展開となるが、1点リードされた土壇場9回に3長短打を集めまたもやサヨナラ勝ち。準決勝はエース伊能が完封勝利を収め久しぶりの関東大会決勝へ進出し千葉勢5年ぶりのセンバツ出場を決めた。
強い紅陵の復活
甲子園初戦の相手は21世紀枠出場ながら注目の好投手・木村を擁する一関一。序盤は快速球に押され気味だったものの、無安打で先制する「らしい攻撃」でペースを掴むとあとは押せ押せで大勝し、久しぶりのセンバツ勝利の味に酔った。
2回戦では強豪・福岡工大城東と接戦を演じ、関東大会同様の粘りで土壇場に追いつくものの、まさかのサヨナラ本塁打で敗退。しかし関東準優勝、そして甲子園での勝利と、強い紅陵の帰還に期待が高まった。
春の千葉大会でも安定した戦いぶりで優勝。関東でも勝利を収め夏への期待は高まる一方となる。
新たな主役登場
拓大紅陵の春夏連続出場の期待がかかる夏の千葉大会。なぜか調子に乗れない拓大紅陵は4回戦でまさかのサヨナラ負け。役者が揃っていただけに惜しまれる敗戦だった。
主役を失った千葉の新たな主役は千葉経大付だった。前年も同メンバーでベスト8。期待された秋もベスト8止まり。しかし、拓大紅陵の活躍をよそにひと冬越して大きく成長を遂げていた。
エースで4番の松本啓二朗は監督の長男。しかも監督は1976年(昭和51年)に桜美林が全国制覇した際のエース。そう、千葉勢の3連覇を阻んだ宿敵である。その松本監督が千葉経大付の監督に就任し3年目。1年目の秋から同じメンバーで戦って来た3年計画最後の夏だ。
前年秋までは啓二朗のワンマンチーム。啓二朗は中学までは父とキャッチボールもしたことはなかったという。英才教育ではない。父は「その分、高校に入って15年分を教えた」という。
ひと冬越して春に登場したワンマンチームはすっかり生まれ変わっていた。強打の市立船橋戦で右腕・井上が好投するなど松本以外も急成長。特に井上の台頭で松本との2本柱が確立され、いよいよ甲子園が射程圏内に入った。
スケールアップした千葉経大付は春の千葉大会を順当に勝ち上がり決勝で王者・拓大紅陵と対戦。甲子園に行くにはどうしても越えなければならない壁。力試しには最適の相手だ。先発は井上、相手はエース伊能。試合は隙のない拓大紅陵が四死球等を確実に生かし勝利を収めた。続く関東大会では前年夏に全国制覇している常総学院と対戦。この試合も常総学院の隙のなさに屈する形で惜敗。力はついたが、甲子園レベルのチームに勝つにはまだ何かが足りない。守備を鍛え直し、細かな野球を身につけて最後の夏にのぞむ。
夏、開幕。1試合を除く全試合を井上が先発し安定した投球で勝ち上がり、決勝では強打の習志野を相手に完投勝利を収め、千葉経済時代からの念願だった甲子園初出場を射止めた。7試合でエラー2という堅守が光った。千葉市からは1977年(昭和52年)以来の甲子園出場に予想以上の盛り上がりを見せた。
親子鷹の夢
松本父子は普段の練習後、父の運転する車で自宅まで帰る。それは貴重なミーティングの時間でもある。自宅には父がつけていた背番号1のナンバー部分が外され額に入れて飾ってある。しかし思いが強すぎるのか、千葉大会からいまひとつ調子に乗れない啓二朗。「気持ちで負けたら勝負には勝てない」母のアドバイスが復調のきっかけになったという。松本父子が甲子園に乗り込む。
かつての銚子商(1976年)や我孫子(1991年)の時同様、松本父子は甲子園でも親子鷹として注目を集めた。いや、父が甲子園優勝投手ということでそれ以上の注目ぶりだ。目標はズバリ「全国制覇」。大それた目標でも、経験者の父が掲げるだけに現実味がある。選手は皆、本気だ。偉大な父に追いつきたい啓二朗にとっては当然の目標でもある。
甲子園練習。監督は一瞬だけ父の顔を見せた。28年前に自らが立った聖地のマウンドに啓二朗が立った。「嬉しかった。俺は幸せな父親だな」と本音を漏らした。
甲子園初戦、井上が好投し快勝するが、救援の啓二朗は自慢の速球も変化球もいま一つ。しかし2回戦。ついに啓二朗が本領発揮する。「力を抜け」といういつものアドバイスだったが、投球の始動をゆったりとしボールを放す瞬間だけ指先に力を入れる工夫をしてみた。速球へのこだわりを捨てコントロール重視で投げた。強打の富山商を被安打6の9奪三振で完封。試合後、監督から「ナイスピッチ」と声をかけられた。父に誉められたのは初めてだった。
3回戦の相手は150キロを投げるダルビッシュを擁する優勝候補・東北。雨の降りしきる中、ダルビッシュと堂々と渡り合う啓二朗。延長にもつれ込む行き詰まる投手戦は、最後にダルビッシュから三振をとったところで啓二朗に軍配が上がった。横綱をも倒した。「全国制覇」は冗談でも大袈裟でもない。
準々決勝も快勝した千葉経大付は準決勝でセンバツの覇者・済美と対戦。啓二朗の好投で優勢に試合を進めるが、疲れからか6回あたりから微妙な制球の乱れが生じる。注目の打者・鵜久森に特大のファウルを打たれる。危ない。「逃げるな」の声が聞こえる。「気持ちで負けたら勝負は勝てない」。真っ向勝負を挑んだが左翼席に運ばれる。7回、啓二朗がつかまり、救援の井上も打たれた。頂上を目前にしての敗戦。
「悔いはない」溢れて来る涙を必死にこらえる井上は甲子園の土を持って帰らなかった。
「最高の仲間と最高の舞台で最高の試合が出来た」啓二朗に涙はなかった。「ここまで来れたのは奇跡に近い。連れて来てもらった監督に感謝したい」という啓二朗に対し「立派になった。(桜美林時代の自分と)同じ試合数を投げたので褒めてやりたい」親子鷹が普通の父子に戻った。
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