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房総高校野球物語

銚子商の挑戦

屈辱の大敗
 昭和48年(1973年)春のセンバツ。「今度こそ!」地元の熱い期待を背負った銚子商は、強力・黒潮打線で優勝候補として甲子園に乗り込んだ。
 初戦で地元の報徳学園と対戦した。しかし試合は思いもしない展開に。エース飯田、救援の2年生・土屋ともに打たれ、何と0-16の大敗。飯田は8失点でKO、土屋も16安打を浴び8失点。銚子に帰ったナインを待ちうけていたのは心ないファンの罵声だった。「恥さらし!」気の短い漁師の町、選手や監督の乗ったバスは囲まれた。

1

(中)

飯野

銚子商

2

(左)

郡司

成東

3

(二)

掛布

習志野

4

(右)

古屋

木中央

5

(捕)

木川

銚子商

6

(一)

椎名

習志野

7

(三)

川野

一宮商

8

(投)

黒須

小見川

9

(遊)

小畑

木中央
ハワイ戦で夢のラインアップ#2
 この年、日米親善高校野球大会が日本で行われ、来日している日系人中心のハワイ選抜と千葉選抜との対戦が第8戦に組まれた。試合はハワイ選抜が一時大きくリードするが、千葉選抜が終盤に反撃し、9回に掛布、木川、磯村の活躍で逆転サヨナラ勝ちを収めている。
 この試合の先発は右表の通り。まさに夢のラインアップである。また、やや打ち込まれた感のあるこの試合で投げた投手は先発・黒須(小見川)から土屋(銚子商)、池田(木更津)、三山(木更津中央)、並木(旭農)、古屋(木更津中央)である。監督は笹森(県連盟副理事長)、コーチが古藤(理事長)と斉藤(銚子商)、主将は木川(銚子商)。
 ハワイ選抜により金属バットが県内に初めて持ち込まれ、その威力を発揮した。

怪物・江川との激闘
 センバツでまさかの大敗を喫した銚子商。しかしその実力は高く、春の千葉を制し、関東大会も順当に勝ち上がるものの、準決勝で怪物・江川卓のいる作新学院に敗れた。前年秋の関東大会に続き、これで作新学院戦は2連敗。銚子商の前に立ちふさがる大きな壁である。
 甲子園での雪辱を期す夏の大会では土屋がエースに成長。決勝は秋、春に続き3季連続で木更津中央との対決。もつれた試合は延長戦となったが、粘る木更津中央を振り切った。
 甲子園初戦の岡山東商戦は好投手・土居と土屋の緊迫の投手戦となるが、延長12回サヨナラの1-0、完封勝利で春初戦敗退の汚名を返上した。
 2回戦は優勝候補・作新学院と激突。やはりどうしても越えなければならない壁である。この試合も江川と土屋の投手戦となり、0-0のまま雨中の延長戦へ。押し気味の試合展開の中の延長12回、一死満塁のチャンスに最後は江川の押し出し四球で銚子商がサヨナラ勝ちを収めた。ついに作新学院を倒し、強い銚子商の完全復活である。
 この後、高松商も破りベスト8に進出したが、その年優勝した静岡に準々決勝で敗れ、悲願達成はならなかった。まだ春の借りは返しきってはいない。

若潮国体
 この年、初めて千葉で国体が開催された。高校野球では当然銚子商が代表として出場し、優勝を飾った。決勝では作新学院を下しての優勝で、国体とはいえ銚子商の実力が全国トップクラスであることがあらためて実証された。